人間関係はプラスになるかならないかで選ぶ
当たり前のことだが、
これはものすごく重要で必ず守るべきルール
人間は情に流されてというのがよくあるが、
これは間違え
家族であっても、自分のプラスにならない人間関係は潔くきる
これがなかなかできる人が少ない
時間はお金
ちょっとくらいが命取りになる
友達?だらだら一緒に飲むのが友達なのか?
もっと切磋琢磨して生きていこうではないか
現状で満足しているなと感じたら、その人とか一緒にいるべきじゃない
自分が成長できないから
自分が成功してると思う人に習え
人の感性や価値はそれぞれ
自分が、理想とする人の元へつくとその人の考えが学べる
人生に価値を持たせるなら、
そういう人へつき、先人の知恵を学ぶ
それだけでいい
自分の価値なんて殆どないのだから
自分を知るなんて恐れ多い
自分は出来上がっていないのだから、まだする事なんてできない。
傾向はあるだろうけど、、
余計な事は考えず
分からなければそのまますすむ
いじめた方は何も覚えていない
いじめられたらやり返す
でもやり返すと相手と同じ土俵にたってしまうから、そうならないように無視する。
でも無視するとさらに相手は躍起になって
いじめる。自分の存在をないものとするから。
兄弟や姉妹でもおなじ。
圧倒的な力の差が小さい頃は特に感じる。
そして、負けるとわかっているから口答えしない。
相手の期待に答えようとする。
うちの姉も同じだった
自分の所有物だと豪語していたから
私が口答えすることは一切許さない。
家に帰ってくると
いきなり部屋に押しはいってくる。
鍵をつけても、壊す。
包丁をもっておいかける
姉はあんたはあたしに恨みをもちすぎだというけど
いじめた方は覚えていないからそんなこといえるんだよ。
いじめられた方はトラウマになり死ぬまで覚えてる。
いじめのある世界に生きる君たちへ - いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉
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おじいちゃんとおばあちゃんのはなし
今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん
おじいさんとはあまり話したことがない
会うといつも「おかあさんに心配かけるな」
その一言しかいわなかった。
なぜなのかはわからない。うちの母はなんか弱くてきれいで男性から守ってあげたいという気持ちを起こさせるようだ。学校の先生にもいつも同じことをいわれていた。
おばあさんはおじいちゃんが死ぬ直前まで離婚したいといっていた。
いつも不満をいっていた。でも可愛らしい人ではあった・。あまり話したことがないので覚えてないけど、でも私をきっとかわいがってくれたんだと信じたい。私がしたことを肯定してくれているとしんじたい。
おじいちゃんは別の家族がいた。別の島で別の家族がいた。奥さんも子供も。その家族とあったことがない。
私は知らなかった。
もうそこへはいけない。そのあと駆け落ちしたり。
かなり激動の人生だったんですね。でも\おばあちゃんと最後は添い遂げた。
二人が亡くなった時悲しいとかそういう感情はなかった。あまり記憶がない。
おじいさんは別の家族がいた。
職人だったおじいちゃ
おじいさんは職人で自分の向上を持っていて、結構おかねもちだったし、あの頃の時代としたら、おばあちしょくゃんも着物屋さんが家に来ていて年中着物を買っっていたから\。